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2019年10月

2019年10月31日 (木)

わけあって、絶滅しました

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https://lohaco.jp/product/L04828505/

 小4のウシさんから「生き物に弱いから、お爺ちゃんこれを読みなさい」と2巻渡されたのが、「わけあって、絶滅しました」(写真一枚目、丸山貴文著)である。過去、絶滅したり、何とか免れた動物約200種の子供向けに面白く編集された事典。

 40億年の生命の歴史で、種の98%は絶滅しては新しく生まれ代わってきた。絶滅の大半の原因は、大陸移動・火山活動・小惑星の衝突・高温化・低温化・海水中の酸素欠乏など地球環境の大異変だが、他の種との生存競争に負けた場合や、最近では人間の活動によるものが多いそうだ。

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https://matome.naver.jp/odai/2133126759927015501/2133191108451489403

 そこで割合最近の20世紀以降に絶滅した16種を新しい順に簡単に紹介する。

 一番ホットなのは、2016年に絶滅した「ブランブルケイメロミス」というネズミの一種。オーストラリアのブランブルケイという島は標高3mしかなく、地球温暖化で水位が上がって植物が減りついに絶滅。

 次は、写真2枚目の2010年に絶滅したと言われる「ヨウスコウカワイルカ」。揚子江の水は濁っているので、超音波に頼って2000万年も頑張ってきたが、遂に汚染に耐えられずに絶滅。

 写真3枚目は、1989年に絶滅したコスタリカの「オレンジヒキガエル」。オスのみがオレンジ色の小型のヒキガエルで、普段は地中に潜っているが、交尾のときは地上に出てくる。1988-9年の大規模なラニーニャ現象で寒い乾期が続き、産卵場所の水たまりがなくなり絶滅。

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https://matome.naver.jp/odai/2133126759927015501/2133191108451489403

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https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/3007/

 写真4枚目は1983年に絶滅した「イブクロコモリガエル」。生んだ卵を胃に飲み込んで育て、オタマジャクシが孵ると、口から子カエルが出てくる珍しいオーストラリアのカエル。ダム建設や森林伐採で数を減らしたところに、人間が持ち込んだカエルツボカビが止めを刺したそうだ。

 「グアムオオコウモリ」は、観光客向けの名物料理にされて1968年に絶滅。

 ニュージーランドの「オオツギホコウモリ」は、敵のいない環境になれて飛べなくなったが、人間に便乗して渡来したドブネズミに襲われ、1965年に絶滅。

 南米アンデス山脈のチチカカ湖に棲む「チチカカオレスティア」という魚は、黄金に輝く古代の魚で有名であったが、アメリカが1937年にイワナを持ち込んでから、生存競争に負け1960年に絶滅。

 ハワイの「ユミハシハワイミツスイ」という鳥は、細長い花の奥も蜜や、木の中の昆虫を食べる長いくちばしを持っていたが、移民によって森が畑になると1940年ころ急に姿を消したらしい。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/オオスベトカゲ

 写真5枚目は、西アフリカのカーボベルデ諸島にいた60cmもある「オオスベトカゲ」。1833年これらの島は流刑地となり、多くの囚人が食料としたので1940年遂に絶滅。

 タイの「ジョンブルクジカ」は、角が立派で狩られて1938年絶滅。

 「ポリネシアマイマイ」は、カタツムリの紛争で20世紀に絶滅。話は長いがかいつまんで言うと、世界最大のアフリカマイマイを食用として飼ったが、逃げ出して島を占領した。対策としてカタツムリの天敵であるヤマヒタチオビを導入したが、アフリカマイマイではなく、もともとの住人のポリネシアマイマイを食ってしまったのだ。

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https://amanaimages.com/info/infoRM.aspx?SearchKey=32245000390

 写真6枚目は有名な絶滅種の「タスマニアタイガー」(フクロオオカミ)。タスマニア島で家畜を襲った害獣として駆除され1936年に絶滅。実は人間が連れてきた野犬化したイヌが犯人だったらしい。

 ニュージーランドの珍しい「ワライフクロウ」は、持ち込んで大繁殖したウサギを駆除するために放たれたイタチにやられ、1914年に姿を消した。特徴ある高笑いの声が居場所を教えたらしい。

 鳥類史上最も数が多かったのが北アメリカの「リョコウバト」。50億羽もいて空が暗くなったという。数が多いので適当に撃っても狩りができた。1914年に絶滅。

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https://ameblo.jp/0268160/entry-10995717920.html

 写真7枚目は「ニホンオオカミ」。明治時代、外国人が連れてきたペットのイヌが、ジステンパーや狂犬病のウイルスをうつし、あっという間に1905年絶滅した。

 リョコウバトより遥かに多い史上最大の群れを作ったのが、北アメリカの「ロッキートビバッタ」。1874年には13兆疋と推定されたが、僅か28年後の1902年には絶滅している。産卵地の河原の砂地が急激に農地化されたためとか。

 

 

 

2019年10月29日 (火)

チンパンジーはなぜ喋れない?

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https://www.amazon.co.jp/おもしろい-進化のふしぎ-ざんねんないきもの事典-今泉忠明/dp/4471103644

 小学4年のウシさんと動物の話をしていて「お爺ちゃんは生き物に弱いね」と言われ、「それでは、ざんねんないきもの事典(写真一枚目、今泉忠明監修)を読みなさい」と4巻も渡されてしまった。寝る前にパラパラ読んでいるが、大人でも結構面白い。進化の不思議を子供にイラストで分かりやすく解説。 

 その中に「チンパンジーが喋れないのは、のどの構造のせい」というくだりがある。チンパンジーは500万年まえに人間と共通の祖先から分かれ、賢くてヒトと手話で話せるのに、何故、喋れないのであろうか? 一口に言えばチンパンジーは口呼吸ができないせい。口呼吸ができるのは哺乳類ではヒトだけらしい。チンパンジーは口から出す息の量を調節できないので、細かい発音の使い分けを真似できない。脳の進化にのどが追いついていない、非常に惜しい例とか。

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http://nsi.hateblo.jp/entry/20161228/1482936249

 この話に興味を持ったのでネットでもう少し詳しく調べた。第2図で、チンパンジーとヒトの構造で最も注目すべき点は、青丸の咽頭部(食道への入口)と赤丸の喉頭部(気道への岐れ口)の位置関係。チンパンジーは二つの丸が近く、ヒトは離れてかつ下の方にある。

 このことで、チンパンジーは舌の根元をうまく使うことで、口からものを食べながら、鼻から空気を気道に送れる。他方、ヒトはこれが出来ずむせたり、誤嚥をしばしば起こすのだ。だが、ヒトは喉頭が下がったことで生まれた空間により、声帯を震わせて複雑な声を出せるようになった。つまり、食べながら呼吸ができない不便さは、声によるコミュニケーションを可能とする犠牲だった。

 このヒトの喉頭部が下にさがったのは、二足歩行に進化したためらしい。ちなみに、ヒトの赤ちゃんは、生まれた直後は、喉頭部はまだ上の方にあるので、チンパンジー同様に、乳房から乳を飲みながら、鼻から呼吸ができるのでむせないが、他方、喋れないのだ。

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https://akahel.com/raise-inko/inko-habit/inko-speakreason

 ところで、インコ(オウムの一種)はなぜヒトのように喋れるのであろうか? それは、写真3枚目のように、分厚いヒトのような舌があり、口の中で動かして、周波数の違う音を調音できるためらしい。また、脳には特殊な発声学習の能力があると。

 

 

2019年10月25日 (金)

量子コンピュータの実際

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https://www.cnn.co.jp/tech/35144382.html

 Google社は、スーパーコンが1万年かかる計算を3分20秒で処理できる量子コンピュータ(写真一枚目)を開発したと発表し、「量子超越性」を実証し、ライト兄弟の初飛行にも匹敵する快挙として自画自賛した。マスコミもこれを受けて大きく報道し、日経は「AIを凌ぐ技術革新の衝撃」ともてはやした。

 ウサギさんは、ややへそ曲がりだが、Googleは好きで検索にはなぜか必ず使う。GoogleのAlpha碁に大いに感動して、ネイチャー誌の原論文を本ブログで紹介した程である。だが、今回の発表には少し疑問を感じて、「量子コンピュータの実際」をネットで少し調べて見た。

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https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191024/k10012146191000.html

 今回もNATURE誌2019.10.24号(写真2枚目)に歴史的な大論文は載っている。Quantum supremacy using a programmable superconducting processorで全7ページ。著者はなんと70人以上で、所属企業や大学は14にも上る大プロジェクトであることが分かる。

 前回のアルファ碁論文のときは、何とか理解できたところもあったが、今回は素人の悲しさ全然分からない。それでも著者欄の最後に載っているJohn.M.Martinis(カルフォルニア大学)と言う人が、中心人物らしいが、その人が親切にも比較的分かりやすいブログをアップしているので利用させて貰った。

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https://gigazine.net/news/20191024-google-quantum-supremacy-programmable/

 ご承知のように量子コンピュータは、量子が0と1の二つの状態を同時に示すという不可解な性質を使う。今回は53qubitを使ったが、古典的なスーパーコンなどは、ある瞬間には53ビットで1情報のみを表せるが、量子コンピュータは2の53乗というとんでもなく多くの情報を示せるのだ。従って、例えば組み合わせの問題を解くイメージでは、古典コンピュータでは、ある53ビットのパターンは答えですかと何度も聞いて、やっと正解にたどり着くが、量子コンでは最初からもう53ビットの答えは分かっている感じ。

 今回のqubitは、写真3枚目のような超電導チップを使った。過去、核磁気共鳴、量子光学、レーザー冷却などいろいろな技術が使われたが、IBMやGoogleが使うようになってから超電導が主流になったらしい。

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https://gigazine.net/news/20191024-google-quantum-supremacy-programmable/

 Sycamoreと呼ばれるプロセッサーは、写真4枚目のようにX印の量子ビットチップを相互に接続する。左端の棒線はノイズによるエラーレートを示すが、黄色はなんとエラー率10のマイナス2乗である。▢はビット間の相互接続をオフにできる新型のノブ。本来、54個(6x9)のチップを搭載する予定だったが、一番上真ん中のチップが動作しなかったのでブランクで53個になったらしい。

 この量子チップのエラーは頭の痛い問題だが、量子が本質的に状況に左右され易く不安定なため。古典コン同様にエラー修復手段はあるが、量子コンでは相当難しいらしい。現在の量子コンのビットはnoisy qubitとも呼ばれ、計算結果が信用できないので、何回も計算してその中で一番多い結果を正解とするらしい。

 また、実際的な問題を解くには、ビット数が100万個以上必要とされ、現在の53個のレベルでは問題外。さらに量子コンに適合したアルゴリズム(ソフト)の開発はこれからである。

 今回、スーパーコンより速いとされた計算問題は、種明かしをすれば、量子コンがともかく動くことを実証するため、量子コンと同じ動きをスーパーコン上でシミュレートさせただけである。量子コンが勝つのが当たり前だが、これが誤解されて大きく報道されたのだ。

 報道は恐ろしい。これも風評被害と言うのか、フェースブック問題と合わせて、暗号資産が昨日5%も下落したそうだ。つまり、量子コンでネットのRSA暗号が早期に解読される恐れである。確かに大きな数の素因数分解の量子コン向けのうまいアルゴリズムが発見され、将来のRSA暗号の信頼性が落ち、代わりに格子暗号方式などが提唱されている。

 ただ、2048ビットのRSA暗号は、現在のnoisyな量子コンでは、2000万qubitが必要との論文が発表されているので、当分ウサギさんの目の黒いうちくらいはRSA暗号は大丈夫であろう。いずれにせよ、ライト兄弟から旅客機の普及まで50年もかかったし、AIの発明から普及までこれも50年はかかっているのだ。

 現在は量子コンの特定問題での「量子超越性」実現であり、次は新薬の開発などの一般応用問題で勝る「量子加速性」の実現が課題である。ただ、「量子加速性」は早くて20-30年先と予測されている。

 

 

 

 

2019年10月23日 (水)

オランジュリー美術館コレクション

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https://blog.goo.ne.jp/marbo0324/e/16eb640c13f960de140fb7bec1e8eb34

 横浜美術館で「ルノワールとパリを恋した12人の画家たち~オランジュリー美術館コレクション~横浜美術館開館30周年記念」という長い名前の展示会を見た。おまけに「世界に愛される印象派とエコール・ド・パリのコレクション」とあり、これだけで十分に展示会の意図は分かるであろう。

 ルノアール・マティス・ピカソなど13人の画家たちの70点が来日。教科書で見るような名作ばかりだが、学芸員に一番値が高いのはどれ?と不躾な質問をしたら、写真一枚目のルノアール「ピアノを弾く少女たち」(1892)とのこと。これはオルセーにある有名な同名の本物?とは別物だが、何枚も同じモチーフで描いているうちの一枚とか。

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https://twitter.com/s_takenaka0821/status/857600708761321472

 オランジュリー美術館は2007年におサルさんと訪問したことがある。勿論、写真2枚目のモネの「睡蓮」がお目当てで、早朝に我ら日本人ツアーが部屋を独占した格好になった。1927年大作「睡蓮」を展示するために、テュイルリー宮殿のオレンジ温室を改造して造られたのがこの美術館の始まり。

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https://blog.goo.ne.jp/marbo0324/e/16eb640c13f960de140fb7bec1e8eb34

  その後、国に寄贈された画商ジャン・バルテルやポール・ギョームのコレクション140点を1965年に所蔵したが、今回その半分が来たことになる。ポール・ギョームは労働者からスタートしたが、パリで画商として成功し、夫婦で名のない画家たちのスポンサーとして支援した。たいへんな目利きで、モディリアーニなど多くの画家を無名の時代から発掘したと言う。写真3枚目の左が「新しき水先案内人 ポール・ギョームの肖像」(モディリアーニ、1915)、右がドランの「大きな帽子を被るポール・ギョーム夫人の肖像」(1928)である。

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https://blog.goo.ne.jp/marbo0324/e/16eb640c13f960de140fb7bec1e8eb34

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https://blog.goo.ne.jp/marbo0324/e/16eb640c13f960de140fb7bec1e8eb34

 写真4枚目は、ルソーの「婚礼」(1905)、写真5枚目はマティスの「赤いキュロットのオダリスク」(1924)だが、他に、セザンヌ・モネ・ローランサン・スーティン・ドンゲン・シスレー・ユトリロなど、各人の代表作3-4点が展示されている。一般にxxx美術館展というのは、たとえ美術館名が有名でも、展示作品がバラバラの寄せ集めで、時代やテーマなどストーリー性に乏しく、余り面白くないものが多いが、今回は時代が決まっていて、何よりも画家が選りすぐりの有名13人だけなので優れた企画となったようだ。もっとも目利きの画商ギョームさんのお陰かな。

2019年10月22日 (火)

百舌鳥・古市古墳群

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https://dot.asahi.com/wa/2018102300045.html

 学士会午餐会で、白石太一郎国立歴史民俗博物館名誉教授の「百舌鳥・古市古墳群の語るもの」という講演を聴いた。この7月にこれらの古墳群は世界遺産に指定されている。一枚目の写真は、百舌鳥古墳にある日本最大の大仙陵(仁徳天皇陵)で、前方後円墳は長さは約500mほどもある。古墳は日本では3世紀後半から7世紀にかけて作られた権力のある人の墓だが、この古墳時代は卑弥呼から飛鳥時代の間で、日本史では特に空白が多い謎の時代。また、古墳への立ち入りは宮内庁により厳しく制限されていて、誰が埋葬されているのかはほとんど判っていないらしい。

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https://yukaliku.com/mozuhuruichi-kohungun-zintokutenou-sekaiisan.html

 百舌鳥・古市古墳は、写真2枚目のように大阪南部の大和川周辺に位置する。日本で2番目に大きい誉田御廟山(応神天皇陵)は、古市古墳の方にある。古墳は一般に権力者の本拠地の近くに造られるので、その場所の推移をみると、時の権力の移動が推定できるそうだ。

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kousin242.sakura.ne.jp/005/歴史/日本史/地図とデーで見る日本史①/

 3枚目の図は、近畿地方の巨大な古墳の推移を示すもの。縦軸は年代を、マークは古墳のサイズを示す。紀元200年から400年の間は、卑弥呼のヤマト政権があった奈良東南部の大和に巨大古墳が集中しているが、400年以降になると、河内(古市)と和泉(百舌鳥)へ巨大古墳が移行しているのが分かる。

 この大和から大阪南部への権力の移動は、東アジアの情勢が大きく影響していると。4世紀、中国北方の鮮卑が朝鮮半島の高句麗を圧し、高句麗は百済を攻めたが、百済は倭国と同盟して対抗した。倭国は当時馬がなく、百済の指導で馬や馬具を生産し、併せて陶器や文字などの文化も導入したが、呪術的・宗教的性格の強いヤマト王権ではこれらに対処できず、自然、外交・通商に長けた大阪湾岸の河内‣和泉地方が主導権を握ることになったという。

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web1.kcn.jp/sofia/kodai/contents_204.htm

 ところで、第4図は全長100m以上の大型古墳の全国分布をしめす。中国の皇帝陵は広い中国でもその当時の首府近傍一か所に存在するが、日本は方々に大型古墳があるのが特徴。特に岡山の吉備には強大な勢力があったもよう。関東にも結構な数の大型古墳が見られるが、これらはヤマト王権が強大な首長の連合体制のもとにあったことを示唆するそうだ。

 ネットによれば、古墳にはいろいろな形があるが、やはり大型の主流は前方後円墳で、前と後ろに二つの丘があり、1-3重の濠で囲まれていて、内側は素焼きの円筒埴輪が取り囲んでいる。前方から後円に向かって通路が伸び、後円部のなかに大きな岩盤を組み合わせた石室がつくられ、棺や副葬品が埋葬されていた。造営当時は盛り土の上は葺石で覆われていた。従って、今のように林ではなく、人造物であることを明示していたらしい。大林組が仁徳天皇陵建設の労働力を当時のままで推定すると、一日2000人で15年8か月、建設費は現在価格で800億円と。

 なお、大小合わせた日本の古墳数は16万基を越え、兵庫県1万7千、千葉県と鳥取県1万3千、京都府と福岡県1万1千などが大口。関東は3万8千で、大型古墳の集中地である関西より数だけは多いそうだ。つまり、権力中枢は関西にあったが、関東も政権を支えていた有力地域だった?  わが家の近くの「鍛冶ヶ谷市民の森」にも横穴古墳群があり、5-7世紀の豪族の墓で、吉見百穴ほどではないが、これほど揃っているのは珍しいらしい。2014.8.17の本ブログに関連記事あり。

joudeki.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-d2df.html

 

2019年10月20日 (日)

ドレイクの方程式

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sciencejournal.livedoor.biz/archives/5674798.html

 2019年のノーベル物理学賞は写真一枚目の3氏に贈られた。左のアメリカのジェームズ・ピープルス氏はダークマターやダークエネルギーの提唱者、中央のミシェル・マイヨール氏と右のディディエ・ケロー氏はスイス・ジュネーブ天文台での師弟で、初の系外惑星発見者である。

 特に、太陽系以外の惑星の発見は長い間絶望視され、もし惑星が太陽系のみに存在するのであれば、地球外生物はいないことになってしまうのだ。それがマイヨールとケロー両博士の1995年の歴史的な大発見で大きく宇宙観が変わり、以降現在までに約4000個もの系外惑星が発見されるに至る。

 NHKBSプレミアムのザ・プラネッツでは、今回の両氏の受賞を記念して2014年の番組を再放送した。そこで、紹介されたのが、天の川銀河系に地球外生命が存在する惑星の数を計算する有名なドレイクの方程式。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/フランク・ドレイク

 フランク・ドレイク(写真2枚目、やけに胴体が長い人?)は、1960年アメリカ国立電波天文台で世界初のSETI(地球外生命探索)を実施した人で、1961年、他の文明と通信を試みるような地球外文明の数を推定するドレイクの方程式を提唱した。( )内はドレイクの推定値。

N=R*Fp*Ne*Fl*Fi*Fc*L

 Nは求める文明の数

 Rは銀河系の恒星の数を銀河系の年齢で割ったもの(当時は1000億個/100億年=10)

 Fpは恒星が惑星を持つ確率(0.5)

 Neはその惑星系でハビタブルゾーンにある惑星の数(2)

 Flはその惑星に生命が誕生する確率(1)

 Fiは誕生した生命が知的生物に進化する確率(0.01)

 Fcは知的生命体が他と通信できるような文明を形成する確率(0.01)

 Lはその文明が継続する年数(10000)

ドレイクの値を使うと、N=10である。つまり、この天の川銀河系に10の知的生物による文明が存在することになる。これをどう思う? 勿論、Fl、Fi、Fcなどの確率は特に根拠がある訳ではなく、ひょっとしたゼロかもしれない。特にLはもっと短い説が多いらしい。

 更に、天の川銀河以外に銀河は2兆個もあるが、そのうち1000億個くらいは生命が存在できる確率が高いとか。そうなるとトンデモない数の文明が宇宙にあることになる。ところがここでも光速の制限がある。たとえ何億光年さきに文明があっても行ききや交信すら事実上不可能であろう。なにしろ地球の一般のテレビ電波は10光年くらいしか届かないし、相互に通信するにはお互いに相当強力な電波をターゲットに絞って送りあう必要があるのだ。

 ところが、2018年イギリスのオックスフォード大の研究者が、ドレイクの方程式は条件が少なく楽観的すぎるとし、生命誕生を阻害する物質などをも考慮すると、この天の川銀河で我々が唯一の知的生命である確率は30%もあるとした。

 また、ドレイクの方程式に意味があるのは、むしろ、文明社会の存続期間であるとの意見もあるらしい。ドレイクの計算で仮にN=1とすれば、Lは1000年と逆算されるのだ。ただ、今後必ず来るというカルデラ大噴火、大隕石の落下、太陽フレアの大変動、地球温暖化による大災害、未知の感染症蔓延、核の冬発生など、存続期間1000年をも脅かす要素は多数ある。

 

 

 

2019年10月18日 (金)

恩赦

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https://www.sankei.com/affairs/news/190502/afr1905020015-n1.html

 天皇即位の礼の合わせて政府が実施を決めた「恩赦」は、各方面から時代遅れとの疑問の声が挙がり、メディア調査によっては60~90%の国民が反対らしい。広辞苑で恩赦を引くと、「司法権により科せられた刑罰を、行政権によって赦しまたは減ずる処分とある」。まさに、三権分立の精神を根本から覆すものだが、特に裁判員制度で国民が参加した結果を、政府が恣意的に変えるのは、国民感情的にもいかがなものか。なにか、天皇のご慈悲を政府が代わって人民に与えるという戦前的な感覚では、現代にとても合わないであろう。

 そうは言ってもそもそも恩赦とは何かウサギさんは良く理解できていないのでネットでちょっとお浚い。恩赦には第一図のように5種類があるが、今回は一番軽い「復権」である。それでも55万人が対象というから凄い人数だ。全国の刑務所で服役中の人数は5万余人だが、今回の55万人は交通違反や選挙違反などの罰金刑で、罰金を支払って3年以上の経過の人が対象である。知らなかったが交通違反では、5年間医師や看護師などの国家資格が得られないし、選挙違反では公民権を喪失するのを復権する。

 恩赦には、政令で一律に実施する「政令恩赦」と、中央更生保護審査会が個別に行う「個別恩赦」があるそうだ。政令恩赦は、第一図で大赦・減刑・復権が該当し、個別恩赦は大赦以外が該当する。政令恩赦は今回のような国の大きなエベントに合わせて実施され、個別恩赦は毎年30-50人ほどに実施されているらしい。

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https://www.sankei.com/life/news/180501/lif1805010003-n1.html

 第2図は戦後に実施された政令恩赦。サンフランシスコ平和条約発効では約100万人、昭和天皇大葬では実に約1017万人、平成2年の天皇即位では250万人が対象となっている。なお、第2図で「特別基準恩赦」というのは、主として以前の恩赦で漏れた人や重病人などを救う仕組みである。

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https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191018-00000019-kyodonews-pol

 この恩赦と別物だが似たものに「国家公務員の懲戒処分免除」がある。これは恩赦と同時に実施される国家公務員の罰の救済制度である。もし今回これが実施されると、先年の文書偽造などの「忖度」官僚の処分は免除されるが、さすがに安倍政権は次の国政選挙などを意識してか、第3図のように急遽とりやめたらしい。

2019年10月17日 (木)

人体、なんでそうなった?

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https://www.asahi.com/articles/photo/AS20190928000218.html

 朝日の書評で見て面白そうだと思って「人体、なんでそうなった? 余分な骨、使えない遺伝子、あえて危険を冒す脳」(写真、ネイサン・レンツ著)を買った。港南台の書店2軒で見つからず、藤沢のジュンク堂まで出かけたが、さすがにここは何でも置いてある。著者は、ニューヨーク市立大学の39歳の若手生物学教授で、全米の各種メディアに良く登場する人らしい。

 イヌやネコに比べて、ヒトは何故年中風邪を引くのであろうか? 原因の一つは、鼻の廃液を集める場所が副鼻腔の高い位置にあり、粘液を重力に抗して上方の穴から排出するため。他の動物は、皆、重力で下へ放出できるのに、霊長類だけこうなったのは、進化の過程で、他の動物が命とする嗅覚より、視覚・触覚・認知能力に頼るようになったためと。

 良く知られているように、ヒトが直立二足歩行するにつれ、体重を支えるため背骨がS字型に湾曲したが、クッション役の椎骨の椎間板ははみだし易くなり、椎間板ヘルニアの原因となった。これは根本的な人体の設計ミスと言える。この二足歩行の影響は大きく、膝の前十字靭帯や、足のアキレス腱が切れやすくなった。関節はよくできた設計だが、反面、手首や足首には余分な働いてない骨が多数あると。

 なぜ、ヒトだけがビタミンのサプリメントを飲む必要があるのだろうか? ほとんどの哺乳動物はビタミンCを自分で合成できるのに。ヒトもビタミンCを合成できる遺伝子を持っているが、その遺伝子は壊れているためである。一方、ビタミンB12については、多くの哺乳類は自分では作れないが、腸内細菌が作ってくれるので問題ない。ヒトも腸内細菌が作ってくれるが、悲しいかな大腸は栄養を吸収できず、トイレに流されてしまうのだ。

 卵子は排卵後、子宮に大急ぎで行くべきなのに、のろのろして子宮外妊娠をしてしまう。免疫は大事だが、自分自身の細胞を攻撃し始めるのは本末転倒であり、自己免疫疾患とは反乱行為だ。記憶を書き換えたり、誤解したりする脳など、もっと、まともな人体設計ができなかったかともどかしくなる。

 脊椎動物の網膜の光受容器は、なぜか光が入ってくる方向と逆向きについていて感度が悪い。タコなどの頭足類は正常の向きでよく見えるのに、まさに進化の不思議である。DNAにはジャンク遺伝子と呼ばれる無駄な部分が多数あるなど、人体は無駄なものや不合理な機能を多数抱えている。その一例が声帯を制御する反回神経。この神経は脳から伸びてわざわざ心臓の下を通り、登って喉に達するという大迂回路をなす。これは全ての脊椎動物共通で、こんなバカなことをするのは、脊椎動物が元はサカナから進化したためである。

 進化は合理的な目的を持って進むものではない。その時、その場でうまくいったものが広がるという刹那的なプロセスで、一度進んだプロセスは不具合があっても元に戻れない。進化はサクセスストーリーもあれば、失敗ストーリーも多数ある。ヒトは不完全な生き物であるが、反面、厳しい生存競争を生き抜いてきた愛おしい種でもある。

 最後にちょっと恐ろしい著者の話で終わりにする。過去60年間、人類は地球外生物からのメッセージを受信する努力をしてきたが、まだ1通も受け取っていない。これは何故であろうか? 天の川銀河系だけでも2000億個もの恒星があり、他の銀河は2兆個もあるというから、地球外生物が存在する確率は結構高いはずだが。ただ、いくら高度な文明世界の生物でも、光速より速くは移動できないせい? それでも電波ぐらいは過去発信できた筈だが? 多分、答えは高度文明を持つ生物が存在する星は過去多数存在したが、各々何かの事情で長くは続かなかったのでは? 現在では地球以外にはない? つまり、地球の文明も将来そう長くは続かないということを意味する。

 

 

 

2019年10月16日 (水)

知りたくない現実(続)

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https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00073/101000002/?P=1

 今朝の日経ビジネス電子版に昨日の続きが載っている。 「あなたは平気? 日本人の3人に1人は日本語が読めない説」という、これもショッキングなタイトル。中でも中高生の読解力は危機的な状況にあるという。全国2万5千人の中高生を対象とした基礎的読解力調査の結果分析である。

 問題1 次の文を読んで問に答えなさい。

「仏教は東南アジア・東アジアに、キリスト教はヨーロッパ・南北アメリカ・オセアニアに、イスラム教は北アフリカ・西アジア・中央アジア・東南アジアに主に広がっている」 この文脈で、オセアニアに広がっているのは(   )である。 ①ヒンドゥー教 ②キリスト教 ③イスラム教 ④仏教

 こんな簡単な問いの正答②を答えられたのは、何と中学生で62%、高校生で72%しかいないそうだ。

 問題2

「Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある」 この文脈で、Alexandraの愛称は(  )である。①Alex  ②Alexander  ③男性 ④女性

 ①の正答をした率は、中学生で38%、高校生で65%と更に低いが、④と答えた生徒が多かったらしい。2問とも文章の係り受け(主語・述語・修飾語の関係)の理解度をテストするもの。高校生の通っている学校は、ほぼ進学率100%の進学校だというから驚く。なお、この問題をAIで解かせると、正答率80%は軽いとか。

 問題は、この日本語理解力低下は、急に起こるものではなく、先輩世代諸氏も同様である可能性が高いこと。日本語がもし正確に理解されないとなると、ビジネスなどの実務に将来深刻な影響が出るであろう。

2019年10月15日 (火)

知りたくない現実

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https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00073/101000001/?P=1

 今朝の日経ビジネス電子版でちょっとショッキングな記事を見た。大手の金融会社が、今年入社の大学卒200人に、消費税込みの計算をさせたところ、50%の社員が1.08を掛けられず間違えたという。はじめは、どこかの後進国の話かと思ったら、これが恥ずかしい日本の現実の姿である。

 写真は高田馬場にある算数・数学塾の風景。問題用紙には、8-0.23=▢ 66.3÷1.3=▢ 桃を24個ずつ詰めたら12箱になりました、9個ずつ詰めると何箱になりますか。350ページの小説を140ページまで読みました、全体の何パーセントを読みましたか。などが並んでいて、小学高学年レベルの問題。

 ところが、問題に格闘している生徒は、10年も20年も前に義務教育を卒業した大人である。2011年に開校したときは、生徒数は数人であったが、今はオンライン生徒含めて1000人以上とか。正社員への登用、転職、昇格などの試験を控えているため。ほとんどは誰でも知る大手企業の社員で、大学卒も多いらしい。

 特に数学は義務教育を終って文系にでも進めば、ほとんど使うことはないかも知れない。ただ、引き算・掛け算などの算数は、日常生活や業務に必須の筈である。ウサギさんが小学生のころ、親戚のある人から算数を教えてと言われて驚いたことを思い出した。その人は一流の私大文系卒で、有名な損保会社の社員であったが、分数の計算ができず、今更誰にも聞けないので困っているというのだ。

 そういうウサギさんも、80歳を超え、暗算での足し算・引き算は怪しくなってきた。勿論、掛け算・割り算は電卓なしでは無理である。中でも特に酷く衰えたのが漢字の手書き能力。もう、画数の多い漢字を正確に書くのは不可能に近い。多分、かな漢字変換入力の責が大きいと思うが。上記の大人の算数能力も、義務教育の不全もあるが、なんでも計算を日常的に機械に頼るせいもあろうか。

 日経ビジネスは、関連してショッキングなレポートをしている。スイスのビジネススクールIMDの2019年度世界競争力ランキングでは日本は30位である。シンガポール(1位)、香港(2位)、中国(14位)、タイ(25位)、韓国(28位)などのアジア勢より下位で、日本は1989年から4年連続1位であっただけに、その没落ぶりは凄まじい。特に、「ビジネスの効率性」が46位と日本の足を引っ張り、働き方改革と並行して、人材開発を一層進める必要があるとしている。かっては、資源はなくても教育はあると誇りにした日本だが、外国から人材開発をもっと進めよと指摘されるとは。

 

 

 

 

2019年10月12日 (土)

認知症への先制医療

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sodan.e-65.net/basic/ninchisho/

 学士会夕食会で、秋山治彦横浜市立脳卒中センター部長、日本認知症学会理事長の「認知症への先制医療~その課題と展望」という講演を聴いた。テーマをよく読めば、難しい話だと推測できる筈だが、ウサギさん始めほとんどの年寄り出席者は、軽度認知障害があるせいか、認知症対策と勘違いして出席しており、学術的な講演内容は、チンプンカンプンであったと推察する。それでも、理解できた範囲をレポートしてみる。

 まず、認知症というのは、介護保険法で定義されていて、「日常生活に支障をきたす程度まで記憶および認知機能が低下した状態」を言う。重要なのは、認知機能が以前の状態より低下したことと、日常生活動作(服薬管理、金銭管理など)の低下が生活の自立を阻害している状態を言う。認知症は長い年月をかけて徐々に進行し、患者は日本で500万人存在するが、その予備軍の軽度認知障害のある人が4-500万人もいて、年10-20%が認知症にコンバートするそうだ。

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https://nakamaaru.asahi.com/article/11732736

 それでは認知症とアルツハイマー病は何が違うのであろうか。認知症はあくまで腹痛などのように状態を表す語で原因となる疾患ではない。認知症を起こす主要な原因疾患は、第一図のように、アルツハイマー型(50%、60%以上の説もあり)、レビー小体型(20%)、血管性(15%)など。

 疾患の多くは1900年前後に発見されているが、アルツハイマー病は1906年発見である。レビー小体は、パーキンソン病で発見され、1980年代に日本の小阪憲司により認知症の疾患とされている。(第2図)

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https://www.kango-roo.com/sn/a/view/6275

 アルツハイマー病の原因は第3図のように、大脳が全般的に委縮し、アミロイドβ(Aβ)タンパク質が主成分の老人班、リン酸化したタウタンパク質が主成分の神経原繊維変化が、大脳皮質に出来ることである。このAβとタウを減少させる研究が続けられているが、人の治験で脳炎が発症したりして難航しているらしい。

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https://diamond.jp/articles/-/135330

 治療薬の開発が遅れている間に、むしろ、アルツハイマー病理のサロゲート(代理)マーカーの開発が進んだ。つまり、これらのAβやタウが蓄積される経過が分かるようになったのだ。第4図のように、発症の実に20年以上前から、これらの蓄積(脳病変)が始まっているのが分かった。ということは、発症してから投薬しては遅いということである。アルツハイマー症では「先制医療、早期投薬」が特に重要とされる所以である。

 問題は投薬して結果が分かるのが20年後では開発した薬の是非判定が難しいし、多数の長期の治験参加者が必要で開発コストが異常に高いこと。50億ドルもかかるとされると、製薬メーカーも手をあげないのだ。そこで、アメリカでは公的な資金を投入した官民パートナーシップが成立している。日本でも2019年から細々スタートしたが、治験者は5-6000人程度で、米国の10万人単位で数プロジェクトが進行しているのとは天と地の差があると。

 

 

 

 

 

2019年10月11日 (金)

岸田劉生展

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https://www.sankei.com/life/news/190908/lif1909080010-n1.html

 先日のNHKの日曜美術館でも特集していたが、東京ステーションギャラリーで「没後90周年記念 岸田劉生展」を見た。去年、ここで「夢二繚乱」を見たが、東京駅が大正時代にオープンしたせいか、大正時代が好きな美術館と見た。

 岸田劉生(1891-1929)は珍しく銀座の生まれで、明治時代の著名なジャーナリスト岸田吟香を父とする。東京高師付属中学を中退して黒田清輝に師事した。

 当時は、フランスの近代美術を模倣するのが洋画の主流であったが、劉生は独創的な手法を次々に選び、孤高の存在であったという。だが、自己の道を歩む姿は、同時代の若い画家に強い影響を与えたらしい。

 写真一枚目は、「道路と土手と塀(切通之写生)」(1915)で、代々木の開発風景だが、若い劉生の代表作で重要文化財である。

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https://serai.jp/event/323299

 1917年結核と疑われて、友人の武者小路実篤の住む藤沢鵠沼の貸別荘に移転する。写真2枚目はそのころ描かれた「麗子肖像(麗子五歳之像)」(1918)。娘の麗子を溺愛した劉生は、麗子をモデルに何枚も描いたが、麗子の足が痛いのに、描くのに夢中で全く気が付かなかったとか。

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https://www.artagenda.jp/exhibition/detail/2880

 自画像がやたらに多い画家でもある。写真三枚目は「自画像」(1921)だが、友人などをモデルにした肖像画も多い。劉生の家を訪問すると必ず捕まるので、「劉生の首狩り」と言われたらしい。1929年満州に初めて外遊し、高価な肖像画を描いてパリへ行こうとしたが企画は失敗し、帰国した山口県で客死する。まだ、38歳。

2019年10月 6日 (日)

懐かしの保土ヶ谷界隈

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 ウサギさんは、1948-1952年ころ横浜の保土ヶ谷界隈に住んでいた。終戦直後のすべてが酷い時代だったが、今では信じられないが、国道一号線沿線には保土ヶ谷でも藁ぶきの農家が並び、馬車や牛車が主な運搬手段であった。何故か、急に保土ヶ谷に行ってみたくなり、涼しくなったこともあって、思い立って日曜の午前中出かけた。ただ、天気は良くなくスマホの映りも良くない。だいたい個人のセンチメンタル・ジャーニーで、他人にとってはどの写真も「何よこれ」と、多分面白くないと承知の上でアップしている。

 JR横須賀線の保土ヶ谷駅で降りた。東口はバスのターミナルが出来たくらいで、駅前商店街は戦後とそう変わっていないイメージで「おや」とまず思った。国道一号線を保土ヶ谷橋で右折すると、左側の丘が巨大なマンション群で覆われていてびっくり。斜めの長大な屋根付きエスカレーターらしきものまで望見される。

 岩崎ガードで横須賀線・東海道線をくぐり岩崎小学校(写真一枚目)へ。小学3-6年まで通ったので懐かしいが校舎はむろん新しい。70年たっているのだから当然だが、学校周辺の同級生たちの家などはどれも分からず。旧国道1号をさらに西へ進んで樹源寺へ出た。ここの墓地はJRの無人踏切を渡るので、子供たちには立ち入り厳禁の聖地であったが、今日初めて寄ってみた。罰当たりだがトイレのためである。

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 2枚目の写真は、同じく旧国道1号線の元町橋界隈。突き当りを左折すると戸塚、右折するとガードをくぐって二俣川方向である。ここいらは、上述したように農家が並んでいたところ。元町橋を右折して、初音ヶ丘に出た。以前は広い廃車置き場や、養鶏場があったところだが、ウサギさん一家が住んでいたあたりは、三枚目の写真のように、今ではすっかり立派な住宅地に変貌している。

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 元町橋に戻って、やや戸塚方向へ行くと右に入る坂道があり、「旧跡権太坂」とある。つまり、江戸時代の東海道53次の最初の難所の坂である。実は、ウサギさん一家が1948年に保土ヶ谷に越してきたのは、この坂の途中の山奥に、神奈川青年師範が平塚から移転したためである。10分ほどの坂道は、当時、家は一軒もない里山であったが、今日行ってみて魂消た。写真4枚目のように、なんと高速道路が下を走り、両側には高層マンションが林立しているのだ。

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 この神奈川青年師範は、その後、横浜国大の学芸学部となったが、現在は県立光陵高校(写真5枚目)が入っている。建物の面影はまったく残っていないが運動場はそのままの感じ。西の方にあった実習農園は、現在は保土ヶ谷養護学校になっていた。

 当時、子供たちから「たくなんじゅくに住んでいるんだね」とよく言われた。子供のころは、「拓南塾」とは何か分からなかったが、戦前、日本軍のアジア占領で、現地の民政官が大量に必要となり、急遽1941年に幹部養成所として権太坂に設置されたものらしい。一説によると、スパイなどの特務機関要員養成所とか。戦後解体。

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 この権太坂を少し上った新国道1号線よりの崖上に大きな洋館があったが、ある夜火事となり映画を見るようなシーンが鮮明に記憶に残っている。今日行ってみると、跡地は権太坂小学校になっていた。ここいらは住宅地が急増して、初音ヶ丘にも小学校が新設されているのを発見

 権太坂小学校から急な階段を降りると、新国道1号に出て、すこし戸塚方面に行くと、大きな権太坂上の交差点にでるが、その脇に境木変電所(写真6枚目)がまだあった。ここは東電のNさんが戦後しばらく住まわれていた場所である。

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2019年10月 3日 (木)

オピオイド危機

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wedge.ismedia.jp/articles/-/17426

 先日、NHKで「オピオイド危機」のニュースを見た。今や、オピオイドはアメリカ人の死亡原因の5位であり、交通事故死より多いまさに国家的な危機だという。

 呑気なウサギさんは知らなかったが、オピオイドとは写真一枚目のような鎮痛薬である。従来、ガンなどの強力な鎮痛剤として病院内で使われてきたが、1995年パーデューファマー社が、「オキシコンティン」というオピオイド系の鎮痛剤を開発、医師の処方箋があれば、誰でも薬局で買えるようになり、急速に普及したらしい。

 2010年後発3社が加わり、薬品メーカー間の異常な販売競争と、医師が金を貰って競って処方箋を発行したので、さらに爆発的に売れ、2015年には医師22人を含む薬剤師・製薬会社員など280名が逮捕される大スキャンダルに発展したそうだ。

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https://toutsu.jp/cure/yakubutsu.html

 オピオイドはケシから採取されるアルカロイドなどで、本質的にはアヘンなどの麻薬と同類であり、病みつきとなり、多量に摂取すると死にいたる。鎮痛の原理は、脊髄と脳にあるオピオイド受容体と結合して、脊髄から脳への神経による痛みの伝達をブロックするためと(第2図)。

 問題は、鎮痛剤として処方される以外に、不況による精神的不安対策などの需要が増大していることで、特に低収入の非白人のオピオイド死亡率が高いそうだ。更に、アメリカは皆保険ではないので、闇ルートでオピオイドを求める人が多く、特に「フェンタニル」という中国から非合法で入手される強力なオピオイドは、死亡原因の60%を占めるらしい。

 先日、NHKニュースは、上記の米パーデューファーマー社が裁判で敗れ、1兆円の違法販売和解金が必要で遂に破産したと報じたが、全米で2000件もの訴訟があるという。有名なジョンソン・エンド・ジョンソン社も、600億円支払いの判決を受け上訴準備中とか。また、アメリカほどではないが、ドイツ、カナダなどでも似た状況になりつつあるらしい。

 日本では長い間、モルヒネなど医療用麻薬はガンの鎮痛のみに処方されてきた。だが、2010年以降、慢性疼痛に試験合格医師のみが処方できるようになったとか。いずれにせよ、鎮痛麻薬はアメリカのように市民権をまだ得ていない筈。

 

 

2019年10月 2日 (水)

大原から比叡山へ(2)

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https://blogs.yahoo.co.jp/masatake_ko/47882815.html

 朝9時に大原からバスで八瀬へ出て、叡山ケーブルにて比叡山に登る。ところが、又もやロートル特有のトラブル発生。何と幹事がトイレ中に気が付かず、全員が来たバスに乗ってしまったのだ。おまけに幹事が携帯に出ないので、八瀬駅前で降りたがこれは叡山電車の方の駅だった。やっとケーブル駅の方を捜したが、今度はケーブルのみか、接続するロープウェイまで切符を買うのか判断できず。ともかく年寄りの会は幹事任せは危ういことを実感。

 やっと幹事と合流でき、848mの比叡山頂駅に着く。近道だという山道を30分降って、延暦寺の中心、根本中堂(写真一枚目)に到着。現在、2026年までかかる大改修工事中で、外観は見えなかったが中には入れた。工事現場のツァーコースまであり。最近の「ブラタモリ」でも放映していたが、最澄以来1000年以上、火を灯し続けた法灯(油断の語源説あり)などを見学。

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https://blog.goo.ne.jp/taitouku19/e/538f7f8e5b38d2b6c2724370b874f64a

 延暦寺と一口で言うが、実は比叡山頂にある150もの堂塔の総称。東塔(とうどう)、西塔(さいとう)、横川(よかわ)の3地域からなる広大な寺域で、横川は実に4kmも北側に位置する。天台宗を開いた最澄の「一隅を照らす」の精神に触発されて、日蓮・法然・親鸞・栄西・道元など多くの鎌倉新仏教(図2枚目)の祖がここで修業したので、比叡山は「母なる山」ともいわれるらしい。延暦寺の勢力はその後ますます増大し一時は3000棟、僧兵4000人まで抱えたが、1571年信長による焼き討ちを招いた。

 この広い延暦寺をどう見物するのかと思ったら、「どこも同じだよ」との幹事の一声で、「比叡山そば」を食べて、そうそうに引き上げることになった。帰りは坂本ケーブルで琵琶湖畔に降る。全長2025mは日本一長いケーブルカーとか。

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 坂本ケーブル駅からJR湖西線の比叡山坂本駅まで30分ほど歩いたが、途中、日吉大社(写真3枚目)に参拝した。知らなかったが、全国3800にも及ぶ日吉・日枝・山王神社の総本営とか。ここらは、京都の表鬼門(北東)に当たることから、延暦寺や日吉大社などが設置されたらしい。

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miz.yu-yake.com/sakamoto/anou-isizumi.html

 これも「ブラタモリ」で紹介されていたが、坂本の町はいたるところの石垣が「穴太(あのう)衆積み」(写真4枚目)である。石を加工しないで自然のまま組み合わせて頑丈に石垣を造る方法で、江戸城や大阪城にも使わているとか。帰りは京都駅から新幹線。予定よりかなり早い。

2019年10月 1日 (火)

大原から比叡山へ(1)

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 ウサギさんの出身大学は東京で、年一回の学科45人のクラス会は東京で開かれるが、最近は年一回別に関西でも泊りがけの小旅行をするようになった。まあ、皆、八十路になって暇なうえに元気で、関西を意外に知らないせいもあろうか。京都、奈良、熊野古道に続いて、今回は京都大原の里から比叡山巡りで4回目。全国から12人が参加した。

 たまに出かけると言うのにハプニングはつきもので、出だしの京浜東北線が本郷台で乗車してすぐ、鶴見での電車故障のせいとかで遅れた。幸いかなり早く出たので、新横浜での新幹線には滑り込みで間に合った。今度は、集合場所の京都駅新幹線中央改札口に行ったが誰もいない。駅員に聞くと在来線の方の中央改札口ではとのこと。ただ幹事の指定は北側2階とあるが1階だという。1階を捜してやっと会えたが半数以上が間違えた。大きな駅での集合場所指定はなかなか難しい。

 地下鉄で国際会議場まで乗り、バスで大原に向かう予定だったが、年寄りにつきもののトイレ休憩などで乗り遅れ、タクシー3台に分乗して大原へ。大原(写真一枚目)は、京都の東北に位置したのどかな所で、かっては京都の隠れ里のような存在だったらしい。写真の左奥に写ってないが比叡山が望見できる筈。

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 大原のバス停から東の方に少し入ると三千院(写真2枚目)に出る。天台宗の三門跡の一つとか。紅葉には早いが二つの庭園は見事である。日曜日で中国人を含めた観光客が多い。

 大原のバス停の丁度反対側に寂光院(写真三枚目)がある。平清盛の娘の建礼門院が余生を送った寺として有名。壇之浦で安徳天皇を抱いたまま入水したが一人だけ助け出されたという。2000年の火事で本堂は焼けたが再建されている。

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 泊まりは、寂光院すぐそばの温泉民宿「大原の里」。かなり大きな民宿だが、久しぶりの相部屋のセルフサービス方式。夜の飲み会は、相変わらずの天下国家を憂うる真面目すぎる会だが、各々の過ごしてきた人生が、浮き彫りになる感じで、なかなか面白かった。

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