« 「街道をゆく」索引ーー九州地方と海外 | トップページ | 麻生の都県境 »

2018年11月20日 (火)

「さぶ」

644043_l

https://www.shinchosha.co.jp/book/644043/

 山本周五郎の「さぶ」(写真1枚目)を、図書館から借りて4週間放っておいて、返却期限ぎりぎりに読んだ。1963年に週刊朝日に半年連載された周五郎60歳のときの作。

 江戸下町の若い表具職人、栄二は将来を嘱望されていたが、ある日、突然無実の罪を着せられ、石川島の人足寄場に送られる。陥れた者を呪い、自暴自棄になった栄二だが、小僧時代から同じ職人仲間だった、何をやっても愚鈍なさぶのひたすらな友情に励まされ、すこしずつ生きる勇気を取り戻して行く。

 小説は最後まで、栄二の記述中心で終わり、誰が見ても主人公は栄二だが、題名はあくまでも「さぶ」である。栄二の受難と再生の物語だが、そこにさぶの無償の愛が光り、また、他の若い貧しい男女の友情の物語でもある。作者が、小学校を出てすぐ、銀座の質屋の小僧となった経験が生かされているかも知れない。プロットは内容からしてややモノトーンだが、最後のどんでん返しが凄いーーネタバレか

320pxsumida_river05s3200

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/c7/Sumida_river05s3200.jpg

 ところで、小説の半分以上の場面は、石川島の人足寄場である。そこで、石川島に興味を持って、ちょっとネットで検索。石川島は東京都中央区にある佃島の一部で、江戸時代には、佃島の北に隅田川河口の三角州として発達した島。江戸初期に石川八左衛門が徳川家光から拝領したため、石川島の名がついたそうだ。

 1790年江戸府内における無宿、無頼、乞食などを収容する人足寄場が設けられ、維新後の1895年巣鴨監獄に移転した。一方、1853年水戸藩によって造船所が設けられ、その後、石川島造船所として石川島の名を残す唯一のものとなったが、造船所自体は1939年豊洲に移転した。

 第二次世界大戦後、同造船所は石川島播磨重工業(現IHI)と改名され、造船以外の部門を扱う佃工場が残っていたが1979年閉鎖。跡地はウォーターフロント開発の対象となり、1986年着工の「大川端リバーシティ21」(写真2枚目)として生まれかわり、超高層住宅群が建設されたと。

« 「街道をゆく」索引ーー九州地方と海外 | トップページ | 麻生の都県境 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「さぶ」:

« 「街道をゆく」索引ーー九州地方と海外 | トップページ | 麻生の都県境 »

無料ブログはココログ
2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31