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2016年12月16日 (金)

因幡・伯耆のみち

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 今日の街道をゆくは「因幡・伯耆のみち」。因幡(いなば)は鳥取県の東部で、現在の鳥取市を中心とする地域であり、伯耆(ほうき)は倉吉市・米子市などの鳥取県の中西部を指す(写真上)。なお、鳥取県の県人口は、57万人しかなく全国で最少であり、市の数も、上記の3市に西北端の境港市を加えて4市しかなく、これも最少である。
 司馬は1985年に岡山県の津山から因幡に入った。上図には載っていないが、鳥取市は日本海に注ぐ一級水系の千代(せんだい)川が造った平野に出来た町。中国山地の智頭(ちず)の町のそばで、千代川の源流がある早野(わさの)という山村をまず訪ねている。更に、千代川を下って、鳥取市東南8kmの国府に行った。ここは、奈良時代に因幡の国庁があったところで、758年歌人の大伴家持が因幡の国守として赴任している。
 
 鳥取市は、因幡・伯耆を領した鳥取藩の城下町で、いわば東京にあたる。一方、倉吉市は、白壁など江戸時代の雰囲気が残る街で、倉吉絣が有名など、京都の感じとか。また、米子は、流通・商業の中心で大阪にあたるそうだ。ただ、残念なことに、鳥取人と米子人は昔から仲が悪いらしい。
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 千代川の河口で、鳥取市の東に細長く16kmも続く鳥取砂丘(写真中)が、観光地になったのは戦後とか。当時は貧しくて海外に行けなかったので、鳥取砂丘見物が海外旅行の代用品になったそうだ。2011年夏に、おサルさんと行ったが、正に砂漠で暑くて閉口した。
 ところで、鳥取砂丘のラッキョウとか、20世紀梨とか、鳥取の農業は色々な工夫で成功したと言う。なかでも、倉吉の干刃(脱穀農具)は有名で、因幡・伯耆が伝統的に良い鉄の産地であることを活用したもの。
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 伯耆地方は、大山(だいせん、写真下)の麓に開けたと言っても良い。この富士山のような孤峰は、日本海を航海する北前船の良い目印であった。航海上の沿岸の目印と言えば岬だが、司馬は島根半島の境港市の先にある岬、美保関(島根県)に行って、美保湾ごしに大山を眺めようとしたが、天候が悪くて失敗した。
 このとき、司馬は境港を素通りしている。1985年当時は、ここは何もない漁港で、まだ、水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」ブームの前である。ウサギさんたちが、2011年に行ったときは、もう、鳥取砂丘を追い越す鳥取一の観光地になっていた。
 なお、山陰地方と言えば、地名で読みにくいものが多い。我らのツアーのとき伯耆で泊まったのは、倉吉そばの三朝(みささ)温泉であり、米子の日本トライアスロン発祥の地、皆生(かいけ)温泉である。ただ、山陰は人が少なくシーンと静かなのが良い。山陽に出ると騒がしくて別の国に来た感じすらしたのである。
出典:
 写真上:  
   http://www.rurubu.com/Pref/index.aspx?KenCD=31
 写真中;  
    http://www.passivedesign.com/KISHO/tottori.htm
 写真下;  
    http://www.town.nanbu.tottori.jp/

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