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2016年11月25日 (金)

台湾紀行

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http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/09/
 
 今日の街道をゆくは「台湾紀行」。司馬は、「国家とはなにか」をテーマに、1993、94年に台湾を訪問した。当時の台湾は、蒋介石・蔣経国の支配が終了し、李登輝総統のもと、急速に民主化がすすみ、歴史が見直されようとしていた。著者は上図の台北、高雄、台南、台東、花蓮などを訪ねる。朝日出版によれば、「台湾」という故郷を失った日本人もいれば、「日本」という故郷を失った台湾人たちもいたと。
 
 ところで、司馬は、過去街道をゆくでは、訪問先では偉い人に会うのを極力避けるなど、政治や経済問題などに巻き込まれないよう、細心の注意を払って来たらしいが、台湾紀行ではホットな政治課題である台湾問題に正面から取り組んでいる。台湾では「情に棹さした」感じで、現職の李登輝総統(写真下)との対談までしているのだ。この記事は中国をいたく刺激して、当時国際問題までになったとか。そのせいか、街道をゆくのNHKテレビ映像化では、台湾紀行のみオミットされている。
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http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/09/
 
 台湾は九州とほぼ同じ面積で、人口約23百万人、世界第21位の経済大国である。かって、高砂族などの原住民が住んでいたが、中国本土から漢民族が移住したのは、17世紀と比較的新しい。日清戦争で日本の植民地となったが、第2次世界大戦後、共産党に本土から追われた蒋介石一派(外省人)が渡来し中華民国となった。
 
 人口の13%がこの外省人であり、残りの87%がいわゆる本島人である。なお、原住民(少数民族)は2.3%しかおらず、ほとんどの本島人は17世紀に本土からきた漢民族の子孫である。問題は、戦後に来た蒋介石一家や外省人が強烈な圧政を行ったこと。戦後の一時期、人々は故なく国家から襲われる危険に怯えていたと言う。蒋介石を継いだ蒋経国総統は、本島人の学者で政治力がない李登輝を、安全牌として副総統に据えたが、蒋経国自身が急逝して、憲法により1988年李登輝が総統に就任したと言う。
 
 李登輝という人は、私利私欲のない学者の敬虔なクリスチャンで、もちろん戦前の日本語教育を受けているから、日本語が達者であり、京大に学んだ日本文化に精通した人とか。司馬に会ったあとも、本島人の学者にしては、政治のかじ取りが巧みで、2000年まで総統を務めている。
 
 日本の台湾統治は50年間に過ぎないが、日本の功績は非常に大きいと言う。中国南部に台湾と似た大きさの海南島があるが、これと台湾を比べれば雲泥の差らしい。また、面白いことに、台湾の少数民族の高砂族には、たくさんの種族があって、その言語は全て違うそうだ。現在、意思疎通に使われる共通言語は、戦前に学校で習った日本語とか。世界で日本語が共通語として使われているのは、ここだけらしい。

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