« 太陽フレア | トップページ | 安倍政権にひれ伏す日本のメディア »

2016年9月15日 (木)

マドリード周辺

Dew
 
http://dandyrandy.net/?p=740
 
 今日の街道をゆくは「マドリード周辺」である。超長い「南蛮のみち」篇は、「バスクとその人々」、「マドリ-ド周辺」、「ポルトガル・人と海」の3部作から成る。
 
 1982年、司馬はバスクのサン・セバスチャン空港から、フレンドシップ機でマドリード空港に向かった。ピレネー山脈周辺にはまだ緑があったが、こんどは見渡す限りオリーブの樹がポツポツ生える、メセタと呼ばれる半砂漠が続く。
 
 ムーア人(イスラム教徒)が、紀元8世紀にアフリカからスペインに侵入し、15世紀末までこの地を支配した。その間、ムーア人はカーレーズという灌漑方式を使って、半乾燥のスペインで耕地を拡げたと言う。
 
 キリスト教徒によるレコンキスタ(国土回復運動)にて、1492年のグラダナを最後にスペインは解放され、イスラム勢力は駆逐されたが、この灌漑をスペイン人は怠ったので、その後、国土は一層荒廃したらしい。
 
 他方、スペインは軍船を多数造って海外に活路を求めた。最盛期の16世紀には、オランダ・ベルギー・イタリア南部・メキシコ・南米の大半・アメリカ南部と西部・フィリピンなどを領有する一大帝国となった。
 
 大量の金銀などの財宝が国内に流入したが、その富はスペイン国内の産業振興に向けられず、武器や艦船の購入にもっぱら充てられ、むしろ、フランスなど近隣諸国に力を付けさせたと言う。
 
 スペインは、いわば国を挙げての強盗であり、容赦なく非キリスト教徒を殺戮した。その付けは、1588年のアルマダの海戦で、スペイン無敵艦隊が、英国に敗れて払うことになる。その後、スペインは凋落の途をたどったよし。
 
 ただ、スペインの人口は約4600万人で、GDPは世界10位の大国である。2015年の一人当たりGDPは26000ドルで、日本の32000ドルとそう差はない。1995年に、ウサギさんがおサルさんと、定年旅行でスペイン旅行した時の記録を見ると、スペインの一人当たりGDPは日本の約1/3とある。この間の日本の停滞(円安ユーロ高含む)は、信じられないほど凄まじい。
 
 司馬は、マドリードは銅像がやけに多く、美術館・博物館がヨーロッパで一番多い都市としているくらいで、むしろ、周辺の町々訪問した。マドリード南方70kmのトレドは旧都であり、イスラム・ユダヤ・キリスト3教がミックスした街。タホ川の水を高所まで汲んだ(水車の多段活用か)昔の仕組みに興味を示した。
 
 マドリードの西方50kmのところに、エル・エスコリアル宮(写真)がある。スペイン最盛期の王、フェリーペ2世(1556-98)が異常な執念を持って造営した巨大建造物。窓は外側だけで1110、内側に1600もある。外観は単調で無装飾であり、陰気で全く観光には向かないところが、反って司馬の気に入ったと言う。
 
 これに反して、マドリードの北西90kmのセゴビアは、ローマ時代の巨大な水道橋遺跡と、ディズニーの白雪姫のモデルとなったアルカサール城で、観光客を大いに集める。700mの涼しい高地で、マドリードの人々の別荘地でもあり、雰囲気がなかなか良かったとのウサギさんの記録がある。

« 太陽フレア | トップページ | 安倍政権にひれ伏す日本のメディア »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: マドリード周辺:

« 太陽フレア | トップページ | 安倍政権にひれ伏す日本のメディア »

無料ブログはココログ
2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30