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2016年9月11日 (日)

バスクとそのひとびと

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http://matome.naver.jp/odai/2138615166633800501
 
 今日の街道をゆくは「バスクとそのひとびと」。実は「南蛮のみち」がスペイン・ポルトガルをカバーして、余りにも長編なので、その主要部の「バスク」だけを勝手に取り出したもの。NHKの放送も同様の構成である。
 
 司馬が1982年にバスク行きを思い立ったのは、1949年のフランシスコ・ザヴィエル来日400年記念行事の際、新聞記者として担当したことまで遡る。司馬は「日本の在来文化を多彩にし、様々な刺激を与えてくれた」として、バスク人のザヴィエルに深い敬愛と感謝の念を持ち続けたと言う。
 
 バスク人と言うのは、上図のピレネー山脈北西部に先史以来住んできた少数民族だが、近世になってフランスとスペインに分断されてしまった。バスク語は、後から来たケルト人や、現ヨーロッパ人の印欧語とは全く違い、文法はむしろ日本語に近い変わった難しい言語だそうだ。
 
 バスク地方の人口は両国合わせて約300万人だが、うちバスク人が150万人を占める。勿論、現代バスク人は、フランス語かスペイン語を話すが、バスク語もできる人が60万人程度いるそうだ。バスク人は、多数の宣教師と船乗りを輩出したことで知られ、南米中心に更に150万人のバスク人が居ると言う。ユダヤ人と似て、海外でもバスク人のグループを成すと。
 
 司馬は、まずパリを訪問し、カルチェ・ラタンにあるパリ大学の聖バルブ学院を探し出した。ここはザヴィエル(1506-1552)が11年間、学生・教師として居た場所である。建物は何度か建て替えられているが、450年以前の古い学院がそのまま残っているとは、流石にヨーロッパである。
 
 ここで、ザヴィエルは運命の人、ロヨラと同学になった。ロヨラは同じバスク人だがもう中年の傷痍軍人。その熱狂的なカトリック信仰心は、当時の教会の腐敗に耐えられず、ザヴィエルらスペイン人を中心とした6人を誘って、1534年戦闘的なイエズス会を興すに至る。決起場所のモンマルトルの丘の女子修道会は、司馬が訪問したとき、清掃会社に変身していてもうなかった。ご承知の通り、イエズス会は上智大学の母体である。
 
 パリのオルリー空港から、仏バスク地方のバイヨンヌへ飛んだ。目に見えるバスク文化と言うのは特になく、違うのはバスク語だけである。スペインの近くピレネー山脈のふもとに、サン・ジャン・ピエ・ド・ポールという長い名の巡礼の宿場町がある。巡礼と言うのは、勿論、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステラ参りのこと。
 
 ここは、ソーヴール・カンドウ(1897-1955)という
日本に長くいたカトリック神父の出身地。知らなかったが、日本語が達者で、多くの文化的な活動をマスコミなどを通じて行い、日本人に最も知られた宣教師だったそうだ。生家は洋品店で、隣家がザヴィエルの父方の先祖の家だと、司馬が今回偶然発見したとか。
 
 ピレネー山脈の国境を越えてスペインに入り、パンプロナの町に着いた。ピレネーを超えると、もうアフリカと言われるが、急に乾燥地となり緑が少なくなる。ここから、東南にやや進むと、お目当てのザヴィエル城(写真下)に至る。 
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http://www.pref.yamaguchi.jp/gyosei/kenjoho/kidsweb/04_more/friendship/navara.html
 
 ザヴィエルは貴族の出である。父親はスペインに滅ばされたナバラ国の首相だったが、母親が嫁いだとき、2つの城を持参し、その一つがザヴィエル城である。ザヴィエルは19歳までここで育ったそうだが、500年前のザヴィエルの勉強部屋などが、そのまま残っている。
 
 スペインの海岸近くのアリバの町で祭りに出くわした。木のブロックをマサカリで早く割る競争をしている。バスク人は賭けが好きで、これに賭けている人も多いそうだ。壁にボールを素手で当てて競うペロタと言うユニークなスポーツもある。
 
 ところで、バスク人が変わっている点に、彼らの血液型がある。B型がほとんどなく、しかもほとんどがRhマイナス型だそうだ。これは長い間、他との混血がなかったことを示すと。
 
 最後に、マドリードの方に行ったところに、ビトリアという町があり、ここがスペインのバスク自治州の州都である。バスク人の大統領が居て司馬らは会見した。1975年まで長い間、フランコ政権によりバスクは抑圧され、バスク語は禁じられて来た。1979年にやっと自治が認められたもの。
 
 欧州には同様な大口の?少数民族が多い。英国のスコットランド、ベルギーのワロン地域(南部のフランス語圏)、スペインのカタルーニア(バルセロナ)など、EUとの関係で今後どうなるか。
 

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