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2016年6月20日 (月)

死を創る

Cdr
 
http://www.city.imari.saga.jp/3354.htm
 
 学士会の午餐会で、柳田邦男の「死を創る時代の生き方」という話を聴いた。柳田邦男(写真、1936-)は、NHK記者からノンフィクション作家になった人。「マッハの恐怖」「ガン回廊の朝」など、航空機事故や医療事故などの作品で有名。大宅壮一ノンフィクション賞など多数の受賞歴があるが、最近は文芸春秋読者賞を3回受賞しているそうだ。16年前に学士会で一度講演しているが400人の大入りだったらしい。今日も事務方は心配したが200人位とか。なお、妻の絵本作家、伊勢英子は杉並の大ウシさんの知り合いらしい。
 
 「死」を生きた人から学ぶことが多い。最近、元日本医師会会長であった人の話に感銘を受けた。車椅子生活になって初めて「死」と本気で向き合うようになったと言う。それまでは、患者の視点が欠けていたのに、今更、気が付いた。また、鹿沼で83歳まで生きた長兄からは、運命の受容、郷土史研究という使命感、何を死後に残すか、ユーモアの大事さなどを教わった。長兄は残された妻に宿題まで出していた。

 何でもない市井の闘病者の言葉で、心に残るものが多い。牧師の妻の日記で、夫からガンの告知を聞いたとき、「良く話してくださった。さぞ辛かったことでしょう」、「それでも、なお私はリンゴの樹を植えます。子供の助動詞の復習を助けます」。僧侶がなくなった妻の話で「死は生きることの通過点なのです」。伊勢英子の知り合いの額縁職人は、ガンで入院中も夜中まで仕事をした。「浜までは海女も蓑着る時雨かな」の心意気です。--海女はどうせ海に入って濡れるのだが、それまでは蓑を着るのがケジメである。つまり、死の間際までキチンとやるべき事はやるという意味--。
 
 あるALS難病患者の話。「光の中にある物を生という。しかし、生涯を地中深く漆黒の中で生きる生物もある。闇の中でも志高く生きることは出来るかも知れない」。 つまり、命には二面性があり、一つは生物学的な命であり、もう一つは精神的な命である。後者は死を超えて生きる死後生でもある。自分が残された人にどう残るか。残された人の人生を豊かに膨らませられるかである。
 
 どんな人でも、人は一編の長編物語(大河ドラマ)を生きている。人生を振り返り、範囲ごとのエピソードを書きだすのが重要。これにより、自分の生き様に納得感が得られるし、残された人に思いがけぬ良い影響を与えうる。ただ、最終章をどう書くかである。
 
 自分に課した10条は、1)病気で休まず、むしろ病気だから働く。 2)知的な機能をより生かす。 3)やりたいことを絞る。 4)他者のために役立つことをする。 5)病気から良い面が生まれるようにする。 6)出会いの幸運に感謝し、再会の語り合いを大事にする。 7)人生のエピソードを書き留める。 8)雲の写真集を出す。 9)好きな音楽・童話・絵本に浸る。 10)ユーモア語録を作る。--その一例で、アルコールで余りに尻を消毒すると、「尻が酔っ払うじゃないか」。死の間際の見舞客に、4隅を切ったブルーの色紙を見せて、「澄み切った青空の心境です」。

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