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2016年6月19日 (日)

壱岐・対馬の道

Gra
 
http://sciencewindow.jst.go.jp/html/sw45/sp-005
 
 今日の街道をゆくは、「壱岐・対馬の道」。壱岐・対馬は図のように、九州と朝鮮半島をつなぐ線上にあり、江戸時代の朝鮮通信使のルートでもある。特に対馬は、韓国からすれば済州島よりも近く、対馬の北端の佐須奈から釜山が見えるらしい。両島とも長崎県。
 
 司馬は1977年、
板付空港から壱岐空港までYS11で飛んでいる。壱岐のタクシー運転手は、全員、親切で運転も穏やかである。一方、対馬では運転は乱暴であり、ろくすっぽ返事もしないそうだ。司馬は、壱岐は農業主体で、とりわけきめ細かい人間関係が重要だが、対馬は漁業主体で、対人関係が荒っぽいせいだとしている。

 壱岐と対馬はもともと壱岐国、対馬国だった。島で国扱いを受けたのは、他に佐渡と淡路島しかない。江戸時代、壱岐は平戸藩の支配を受け、対馬藩は宗氏の支配下にあった。壱岐は、全島がカレーライスの皿を伏せたように平たく、どこをとっても田畑ができる。他方、対馬は海面からいきなり鋸の歯を立てたような山国。平戸藩6万石のうち、壱岐だけで2万石を提供している。対馬藩は10万石相当だがコメはとれない。
 
 両島の人々は相手を、それぞれ壱州、対州と呼ぶが、昔から仲が悪いらしい。「対州は貧しくて20年も遅れている」、「バーは壱州の郷ノ浦には2軒しかないのに、対州の厳原だけで70軒もある」、「壱州の人はずるかですよ。対州モンをバカだと言う」など。
 
 1951年、壱岐の原ノ辻と唐神の2か所の遺跡で、弥生時代の大量の鉄が発見された。これは朝鮮から渡来した鉄文化の名残りである。南朝鮮を禿山にした製鉄(たたら)の集団が、木炭を求めて、グループをなして続々と日本に渡ってきた史実と符合する。

 壱岐の北端の勝本の浦に寄っている。芭蕉の弟子で「奥の細道」に同道した河合曽良の墓がある。信州上諏訪の人だが、芭蕉の死後、幕府の巡見使となって、壱岐に来て、病に罹り亡くなったらしい。
 
 さて、司馬は壱岐の郷ノ浦からフェリーで対馬の厳原に向かった。当時の厳原はまだ町で、藩主が治めていた城下町で市でないのはここだけとか。ただ、その後、2004年に厳原などの6町が合併して対馬市(3万1千人)が誕生している。なお、壱岐も2004年に郷ノ浦などの4町が壱岐市(2万7千人)に一本化されている。

 対馬の宗氏は朝鮮と深い関係がある。元寇のあと、今度は対馬の倭寇などが朝鮮を荒し、手を焼いた朝鮮は年200石のコメを対馬に提供することで手を打った。実はこのことが、戦後の李承晩による対馬を韓国へ返せとの論拠の一つになった。更に、江戸までの朝鮮通信使の接待を受け持った宗氏は、その費用捻出として、長崎と並んで佐須奈を朝鮮との貿易港として幕府に認めさせた。
 
 この朝鮮通信使に関して、新井白石と並ぶ儒者であった雨森芳洲が、対馬で接待役を務めた話や、佐須奈での老婦人の昔話が面白い。戦前は道路事情が悪くて、佐須奈から厳原は一泊の工程だったので、日帰りできる釜山でちょっとした買い物はしたと言う。
 
 以下は参考に、2010.2.11の旧じょうで記(非公開版)から。
 
 瀬戸内海の呉市の沖にある国有の無人島、三ツ子島が売りに出され、1億1万円で法人が落札したと言う。7600平米の島は、戦前、海軍の医療関連施設があったが、永く無人島で財務省が管理していたらしい。国の島が競売にかけられたのは初めてとか。

 ところで、島の売買に関連して、N校でちょっと聞き捨てならぬ話を聞いた。対馬に詳しい人の話で、海上自衛隊対馬防衛隊本部の隣接地を、土地の所有者が海上自衛隊への売却を希望したが、もたもたしているうちに、韓国資本が日本人名義で買って、リゾート施設を作ってしまったという。これを機会にチェックしたところ、島の土地の韓国資本による買い占めが、かなり進んでいることが分かったらしい。

 対馬は、九州本土から132km、韓国本土から50kmでむしろ韓国に近い。もちろん、長崎県に属し、3万6千人が暮らすれっきとした日本領土だが、歴史的に朝鮮交易の窓口として機能し、宿命的に日本・朝鮮双方に好い顔をしてきたきらいがある模様。終戦直後、韓国の李承晩大統領は、韓国領と強硬に主張したが、GHQから根拠薄弱として拒否された経緯がある。しかし、最近の韓国の世論調査では、半数以上が韓国領としているらしい。

 もし、小沢民主党幹事長が推進している永住外国人に地方選挙権を与える法案が成立すると、約60万人いる在日韓国・朝鮮人の一部、数万人が対馬に移住するだけで、住民投票により対馬の分離独立宣言が可能になるとか。
 
 

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